引き続き「未満れんあい」を執拗に眺める生活を続けております。ていうとなんだかずっと自室の片隅でともえちゃんともえちゃん言ってるような状況が想像されるわけですが、実際には便所に行ったときとか車の信号待ちとかコメダでとかそういう生活のさまざまなシーンにおいてともえちゃんかわいいなあというふうになっております。いいんですもう。やっすいオタで。悪い意味でのウェルメイドな、噛み砕く必要もない妄想そのままを実現してくれるようなお話でブヒィとかギヒィとかいってるような物体でもうかまわないのです。だいたい俺はいったいいつからそんな高尚なオタになったというのか。かわいいのだ。かわいいのである。女子中学生すごい。子供なのにちっさい体で制服着てる。すごい。
 いまやKindleのあちこちに栞はさんでともえちゃんがかわいいシーンを眺めているばかりです。どうなんでしょう、中1のぱんつのシーンに栞はさんでるおっさんは。そんな人生を送ることになるとは夢にも思っていませんでした。いや、正確には「いくつになったってアニメ見てたりえろげやってたりするんだろうなあ」的なことは思ってたんですが、若かりし日々のその空想はこの年齢まで届いてはおりませんでした。なんかねえ、ここまで来ると感受性がとか時代がとかじゃなくて意志の問題じゃねえかって気がする。そこにはすばらしいものがあるから読み続けることをやめるわけにはいかない、というような強烈な意志。それだけが現在の俺を維持しているような気がします。
 別にそんな「オタでなければならぬッ」みたいな激しいもんはないんです。単に楽しいから読んでるだけで。けどなあ、客観的な視線で自分を眺めると、この年齢の娘がいたってまったく不思議はない年になってともえちゃんかわいいはどうかと思わないこともないです。実際問題、過去はともかく、現在はリアルの中1女子見ても別になにを思うということもないわけで、いや、見た目愛くるしい女の子に「おじさん、好きです結婚してください!」とか言われたら冷静でいられるかどうかはわかりませんが、どうなんでしょうね、俺にも社会的立場ってやつがあるので理性が余裕で圧倒的勝利を収めるんじゃないかと思うんですけど。でもなあ、ぱんつはやばいよなあ。中1女子のぱんつはやばいなあ。恋は遠い日の花火ではないよなあ。少年の心をもってぱんつ眺めたいよなあ。ぱんつって点ではむしろ成人女性のほうがはるかにどうでもいいよなあ。