帰宅して「う。うし」ってタイトルになってるテキストファイル開いてみたら本文が「う。うし」だけでいったいそのとき俺はなにを考えていたのか完全にわからなくなっている今日このごろですがみなさまはいかがお過ごしですか。俺はもうだめだ。
 ついったーをやらないでいても、基本的に親しかった人たちとのつながりは断っていないのもあって、わりと禁断症状みたいなのはないんですが、それでもあまりの長時間労働の休憩中には、つい愚痴を言いたくもなったりするものです。
 そういうわけであいかわらずともえちゃんともえちゃんしています。
 まあ実際のところ勉強の教材としての意味あいもけっこう強いんですが。
 なにごとにつけそうですが、比較の対象があるとものごとってよく見えたりします。たとえば河合荘について考える場合に、めぞん一刻や前略・ミルクハウスとの違いなんかを考慮して「なるほど、この作品はここが特異だったのか」と理解を深めるようなことですね。
 んで、自分が書いたもの、といっても2回書きなおして、まだ他人様に見せるだけの完成度にはなってないんですけども、女子中学生と25歳くらいの青年、という点ではわりと似ていて、ただやりたいことの方向性が違う。先に先入観として「俺はこうしたい」というのがあるので、この作品に対してことのほか違和感を抱くような部分はあったりするんですが。
 で、やっぱり俺が思うのが、ともえちゃんに黒瀬を好きになる積極的な理由がなにひとつない、というのがいちばん説得力が欠けてる部分かな、と思うんです。もっとも自分がそれやらかして泥沼にはまったのでよくわかるんですが、ただでさえ現実味に乏しい「中1と29歳」みたいな話を作るときに、おそらくとうぜん想像されるであろう家族の反対なんて要素を入れると話がややこしくなる一方です。これ近親相姦なんかと事情は似てますね。ここんとこきちんと踏まえたうえで乗り越えていった作品というと、ぱっと思い浮かぶのはヨスガと俺妹ですな。ヨスガは周囲の賛成を得る、という状態を作るために周囲の反応がおかしいことになってますし、俺妹のほうは「どのエンディングでも選べる状態」から桐乃エンドに持ってっただけなので、本質的にはなにも解決してません。
 倫理的にどうなの、という関係性の場合は、それ自体が重大な障害なので、ラブコメにつきものの障害をそれ以上に設定する必要がないのかもしれません。当事者の葛藤だけでごっつぁんですってなことになります。
 で、この作品の場合、主人公のほうはいいんですよ。ロリコンってことにしとけば。でもこの作品、それもなかったので、余計「ありなの?」という雰囲気にはなるんですが。だって主人公って巨乳好きでしょ? それも中学生っぽいのだめって最初のほうで明言されてる。女に免疫ないから子供でも反応するっていわれればそれまでですけど、社会通念的に見て「おかしい」と思われることにはそれなりの補強材料必要ってのがエンタメってもんですよね。そんでもまあ、エロゲ千人斬りらしいし、ロリも行けるクチだったと。まあそういうことで納得もいきましょう。なにより「俺ら」はロリコンなわけですから「そりゃかわいくて素直な中1の女の子いたらセックスしたいよね」くらいのことは平然と思うわけです。
 でもともえちゃんのほうからは、これはいけない。29歳オッケーと思えるだけの理由をちゃんと与えなきゃいけない。13歳でしょう。すごいなあ13歳。13歳だよ。プロポーズのシーンで「まだ、13歳だし」ってともえちゃんが言った瞬間、俺ともえちゃんと初夜迎えてる気分になったよ。
 話が逸れました。13歳から見て29歳はどっちかっていうと「お父さん」に近い側の人間で、なにをどうやっても恋愛の対象にはならないはずです。まあきょうびの中学生はなかなか進歩的と申しますか「JC エロ写メ」でぐぐってしまったときの衝撃を俺は忘れません。なんでそんなことしたんだっけ俺。まあそれはそれとして、セックスっていう媒介があれば、男性である限り性愛の対象になりうるということに本質的な理解が行くはずなんですよ。でもともえちゃん処女じゃないですか。違うんですか。違ったらどうしよう。「黒瀬さんずっと騙されてくれてたから、言えなかったんですけど……ふふ、そんなに緊張しなくても平気ですよ? 私がちゃーんとリードしてあげますから、ね?」とか言い出したらどうすればいいんだ。むしろそっちが望ましいでごわす。文章暴走気味ですけど、徹夜明けだしほとんどだれも読んでないんだしなに書いたっていっすよね!
 まあともかくともえちゃんは処女、どうかすると初潮もまだであるということになるんですが、だから「男子」と男性は切断されてるはずなんです。ちなみにこのへん、作者けっこう上手で、ともえちゃん、結婚とかよくわかんないんですね。恋人とかも。そのへん曖昧になってて、自分が恋愛をしうるんだということにも無自覚で、そのへんクソリアルだからかえって困るわ! だからそこを乗り越えていくための前提条件が必要になるんですな。それを与えてないってのがもう違和感の最大の要因なわけですよ。ともえちゃん強いられてる!強いられてるよ!っていう。

 あともひとつ、俺には非常に「閉じた世界」への嗜好があるんですが、これ年の差恋愛みたいな関係性だとかえってやっちゃいけないんだなってことがよくわかりました。この作品は、主人公の黒瀬の社会的立場や感興ってものはきっちり描写します。ともえちゃんが中学生であることもこれでもかって描写されてます。これ、いっけんすると障害を厳しくするだけのように思えるんですが、実はそうではない。というのは、閉じた世界においては「年齢の差」というのは障害要因にはなりえないんです。しいていえば当事者たちの倫理的問題はありますけども、それだけなんですよ。「年齢の差」という条件が充分に活用されるためには閉じた世界であってはならない。それが障害なんだと認識させる社会のほうが必要なんです。これ、俺妹なんかだと、おそらくは麻奈実が鬼畜化した段階ですね、あそこで桐乃エンドが確定してたんだと思う。「それ、気持ちわるいよ」って断言する人が必要だから。
 それと主人公を「大人である」と描写するためにも背景となる仕事の描写なんかはあったほうが便利なんだなあということもよくわかった。そこ行くとこの作品の「主人公はプログラマ」という設定は実によくできてる。社会性なくてもやってける、という社会の思い込みがありますし、エロゲ好きならまあ女性経験もないだろうと。納得させるだけの材料が揃ってる。
 そういえば「対等になろうとしてもできない」っていうあたりもうまく描写されてましたよね。29歳の主人公にとってはいかに経験に乏しかろうとも、世には「恋人どうし」という人間関係の形態があることは知ってるし、そこにはとうぜんのように恋愛感情ってものがあって、最終的にはズッコンバッコンするよというようなことも知っている。けれどともえちゃんにとってはそうではない。中学生にとっては恋愛ってのは、同じクラスで見かけるままごとのようなものであるか、あるいは一足飛びに「結婚」なんですよ。まあこのへんは個人差が非常にでかいところではあるんでしょうが、基本的に恋愛ってのは「どこかから降ってくる物語」なんですな。人間関係の延長線上ではない。このへんはかつてほぼすべての日本人は中学生だったわけですから、なんとなくわかる感覚だと思う。まあだめなおいたんたちとしては「そこがたまらん」ということになるわけですが、実際に中1とガチ恋愛したら、そりゃきついと思いますよ。逆に四十代とかくらいなら耐えられるかもしれないけど。手をつなぐだけで大騒ぎするとか、ちゅーするのなんか汚い感じがするとか、これは恋愛なんだよ、俺はおまえのお兄ちゃんじゃないんだよって言い聞かせなきゃいけないあたりとか、そういうのすごくきついけど物語として読むぶんにはたぶんだいこうふんする。「そっか、お兄ちゃんじゃなかったんですよね……」とかなって「じゃあ恋人どうしですること、わかる?」「わか、わかり……ます……」とかなって、こいびとどうしですることぜんぶすることになります。

 ……そろそろ書くエネルギーが尽きてきました。
 やー、ひさしぶりになんもセーブせずに文章書くの楽しいですわー。かつて劣化トミノとも呼ばれたなに言ってるかわかんない文章です。読み手を意識しないってこういうことなんだなあと15年ぶりに再認識してる感じ。つーかネットで文章を公表するようになってもう15年も経つのか……。
 しかしあんがいそれだけの年月が経過しても、おっさんになっても初心ってのは戻れるもんですな。戻ったところで俺が楽しいっていう以外にだれの利益にもなりませんが、まあそこはそれ。だれからも金もらってないどころかむしろ課金して場所を確保してるわけだから、それくらいは多めに見てくれ。
 ともえちゃんのおかげでいろんなこと思い出したよ。ありがとうともえちゃん(すごい気持ちわるい)。ぱんつ見てごめんね。おじさんは13歳のぱんつとかすごい好きなんだ。おへそが見えるともっとよかったなあ。

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