ピーター・バラカン「ぼくが愛するロック名盤240」読了。
 読んでるうちに思ったのは、俺のような年代の日本の洋楽好きって、多かれ少なかれこの人の影響下にあるんじゃないかな、ということ。というのは、80年代にラジオから洋楽の情報を得ようとすれば、この人の影響は避けて通れない部分がある。特に編集なしで最初から最後までちゃんと流してくれるFMのラジオ番組をエアチェックというかたちで録音しようとすると、どうしても聞くものは限られてくる。その番組の多くにこの人は関わっていたということだ。
 音楽はずっと継続して聞いている。ボカロ曲も聞くし、70年代の洋楽も聞く。80年代の洋楽は自分にとっては暗黒時代だったのでほとんど聞いていないのだが、とにかく聞く。ひとまずYouTubeで試しに聞いてみてからおもむろにiTunes Storeで買う、というような便利な時代になったのはいいが、こと音楽に関しては裾野が広すぎて、能動的に聞くだけでは意外にも新しい音楽との出会いは少ない。まして自分の好みが極めて明瞭な自分のような人間の場合はなおのことだ。
 音楽を聞く耳は昔よりも肥えてきたように思う。これからも新しい音楽はいくらでも出てくるだろうが、ひとまずこのへんで遡ってみてもいいかもしれない。聞く耳が肥えてきたということが、新しい音楽をばっさりと「好きなもの」と「好きではないもの」に切り分けている傾向も否定できなくなってきた。能率が上がったといえばそうかもしれないが、聞くうちに好きになっていくものだっていくらでもあるわけだ。
 年齢に応じて人の意識は変わってくる。変わってくることをどう受け止めるかはその人の自由だが、俺はまあ、自分の快楽だけを羅針盤に、流されるままに進もうと思っている。
 それにしても、ずいぶん長く生きてきたものだ。最近の俺は、いろんなことに関して「もう充分だろう」という気分が強い。いつからかはわからないが、もうすでに俺は自分の寿命の残りを余生として割り切っている気がする。