アイマスのアニメになったやつ見てた。予備知識まったくないところからの視聴だった。
 全体的な印象としては「非常にクオリティが高くてバランスが悪いアニメ」ということになるだろうか。
 あと個人的な問題として「アイドル」という題材と非常に食い合せが悪い。というのは、アイドルをめざす、という人間の心理がまったく想像できないからだ。そんなものになってどんないいことがあるというのか、という疑念がまず先に来る。それと多くのアイドルを題材にした作品では「がんばる」とかがセットになってるんだけど、めざす先がわからないので、がんばりの目的が理解できない。ために「がんばること自体のためにがんばってる」というふうに見える。さらにいえば「がんばってる女の子を見せたいのだろう」というふうにしか思えない。もともとファン心理というものをあまり持ちあわせていない。というのは、アイドルをアイドルとして正当に消費することができない、ということでもある。俺が消費したいものは「女の子」であり、それはすでにフィクションであること自体によって達成されている。アイドルものが自分にとって厄介なのはキャラを「アイドルとして」消費するという別のレイヤーが挟まっていることだと思う。ダンスにしろ歌にしろ「それができたところでなんの意味があるの?」ということになってしまう。アイドルに興味がないからだ。つまり「ファン」と「アイドル」の幸福な関係を消費できない。それゆえ、前提で躓いているところがある。

 さて、この作品でいちばん謎なのは、リアルの設定水準である。これは自力では「なんかおかしい」と思っていて気がつけず、別の人の指摘により理解できたことだ。
 メインの3人組の設定は相当度にリアルに寄っている。卯月のキャラはからっぽに見えるが、あれは「バカ」ということで諒解が可能だ。いや、あのタイプたまにいる。努力してがんばって人を疑わなくて、つらいことがあっても諦めない。あれは現実が人間に与える痛覚に対して鈍感だからできることで、そのタイプはたまにいる、ということだ。その心理状態も想像できる。ほかの二人についても同様。また「高校生」という年齢設定が相当に意識されていることもまちがいない。卯月だけは養成所上がりということで若干意識が違うようだが、それでも「今日からアイドルのスタートラインに立つ高校生」として、特に2話におけるような行動は非常に「それらしい」ものである。
 このように、メインの3人についてはそのリアルの水準は理解できる。
 問題は残りのキャラである。俺はこのアニメ以外にアイマス関連のものをなにひとつとして知らないので、それが前提となることをあらかじめ断っておく。
 実はキャラ設定の方法としては、メインの3人もそれ以外もあまり違いはない。基本的にはフレーズ主義みたいなもんである。クッキーであるとか、猫耳であるとか、ニートであるとか。メインの3人にしても、卯月はとりあえず「がんばります」だし、クール系の長髪のほうは「実感わかないな」である。
 しかし3人とそれ以外では扱いに大きな違いがある。「素」が描写されているかどうか、という点についてだ。特に語尾に「にゃ」がついたりするような「常識的な人間として」おかしい行動をする場合、そうするだけの理由が必要なのだが、作品内ではそのことはほぼ説明されない。これが最初から「そういう世界観」なら問題はないのだが、基本的にこの作品の設定はリアル志向である。シンデレラプロジェクトをとりまく大人の世界の設定がなによりもリアル志向だ。プロデューサーのキャラにしても1話の段階ではそうだった。そのあとは作劇上の不自然を消すためのコマとして利用されているにおいが強いが。
 まあそれはさておき、とにかく基本的な設定がリアル志向であるときに、あのでかいやつとか、ニートとか、極端なキャラづけは、いわゆる「説得力がない」というやつだ。そうふるまう理由としては「アイドルとして自分たちはこのキャラで行く」ということが考えられる。実際に猫耳については明確にそう説明されている。しかしそれが素のキャラ設定と弁別がつきづらい。
 さらにこれは、登場人物があまりに多いときに、短時間でキャラを印象づけるために必然的に選ばざるを得なかった手法なのだろうが、たとえばクッキーならクッキー、ロックならロックと、キャラを説明する手段が完全に固定化されている。そのことがより不自然さに拍車をかける。
 実際のところ、アニメに先行するほかの媒体での作品があったのなら、ある程度はアニメ化でよく使われる手法なんでしゃーないだろうなあという気はするんだけど。
 あーそうだそうだ、あの猫耳が「デビューしたい!」みたいなこと騒いでたときな。あれ見たときに思い出したのが、デーモン小暮閣下の不倫がばれたときのインタビュー。芸能界のコード的には「悪魔」っていうことで決まってて、インタビューも芸能界の土俵のうえでやる以上、悪魔扱いを覆せない。また当のデーモン小暮もその設定を覆せない。でもことは不倫っていう個人の「素」に属するスキャンダルでしょう。だけど「我輩は悪魔であるから人間の法律は通用せぬ」って言ったらそれは通っちゃうわけ。それと類似のキャラのリアル水準の不安定さがあって、そこが非常に居心地悪い。

 で、また個人的な話に戻す。
 とにかく、アニメだけを見ている限りでは、キャラクターになんらかの好意を持つのが非常に難しい作品。キャラに好感を持つってのは、作品内のリアル水準に応じて「人間として説得力を持ってる」ことが前提条件になるでしょう。6話ラストでの短髪の騒がしいリーダーの反応って、あれはあれで理解できないわけじゃないんだけど「どういう会場で、どういうことをやるか」ということを、プロデューサーなりなんなりの会社側がまったく説明してないはずはないでしょ、というこちら側の先入観がある。たぶんそれは見ている人の大方にあって、それを前提として見るものだから、ラストの「アイドルやめてやる」発言は「はぁ? おまえなに勝手なこと言ってんの? デビューしたてのアイドルがそんないい思いばっかできるわけねえだろ?」みたいな印象を持たれがちだと思う。これは5話の猫耳のカフェ占拠でもまったく同じ性質のことが言える。変に環境のリアル水準が高いもんだから、実際にあんな行動に出たらギャグじゃ済まねえだろってだれにでも理解できる。ギャグじゃ済まねえことやるとどうなるのって言ったら、他人に迷惑かけんですよ。あそこまで反社会的な行動に出たら、いくらその理由が真摯で共感しうる性質のものであっても「知るかよボケ」ってことになる。
 おそらくアイドルものだとある程度は避けられない、グループ内部での人間関係の悪化を、基本的にギャグでかわし続けたがために、逆に「ここぞ」という場面で説得力を失ったものだと思われる。

 おもしろいかおもしろくないかで言ったらまちがいなくおもしろいんですが、これはキャラの内面に入ることが難しい作品です。根本的にはどのキャラの設定も、たとえば家庭環境のあたりまでがっちり固めてあることは随所に窺えるんで、その気になってこちらが想像でキャラの行動原理を補強してやろうと思えば、たぶんできる作品です。できるんですけど、俺はとこまでアイドルって題材に興味がないし、アイドルになりたいっていう彼女たらの気持ちを理解してやることもできない。結局「こいつらなに考えて動いてんだかぜんぜんわかんねえ」っていうことになる。
 まあそんな感じ。早い話が俺は、あまりこの作品のいい視聴者じゃないってことになりますな。