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 うまる3話。
 部屋の内部に徐々に外部が食い込んでくるかたちで話が進行していくようです。2話までは完全に外面とお兄ちゃんと一緒にいるときとで切り分けていて、フードかぶってるときが「本性」であり、そうでないときは外面という扱いになっていましたが、3話からそのへんが曖昧になってきました。
 なかなかよくできてるなーと思ったのは、外面のうまるが実際は「単なる」外面ではないということです。ま、設定上もともと固有にスペックが高い人間だってのはあるわけですが、本当にスペックが高い人間がとりたてて問題もなく成長した場合、ああいう「恵まれてるがゆえの鈍感さ」というのを持ちうることはあるでしょうし、そういう人間が一種の退行現象を起こすこともまたありそうです。早い話がどっちのうまるにもわりと説得力があるわけです。
 あれですね、外部の人間が入ってくると、うまるもフードかぶった状態でもあれこれ考えないといけないわけなんですけども、そういうの見てもまた微妙に涙腺に来るので困ったもんです。そこは楽園ではないということが判明してしまうから。
 俺はわりとこの「楽園」というキーワードにこだわりがあって、あの1DKにどうやらその要素を感じているらしいです。谷山浩子の歌の歌詞に「信じてるという悲しい言葉」というのがあるんですけども、疑う必要がなければ信じる必要もないわけです。それらの概念が無効化されるような場所のことを俺は楽園と呼んでいるわけです。そして楽園はいつかかならず壊れることが前提となっています。
 このへんのこだわりが前提となって、ふつうだったらただのギャグにしか見えないアニメにおかしい反応をするのだと思われます。ただの1DKを俺が定義するところの「楽園」に変えてしまったものは、フードをかぶったうまるの二頭身の姿です。ま、そうでなくてもなにもしない、できない妹というのはかわいいものなんですが、かわいいだけではなく涙腺を爆撃しそうになる要素は、このへんが原因です。
 たまに部屋の内部でもうまるの頭身が戻ったりするんですが、あれ法則性あるのかな、というようなことを考えています。いまのところ「なさそう」というのが俺の意見ですけども、今日の停電のくだりを見る限り、お兄ちゃんの影響力が及ばない、つまり二頭身のままでいてもいいんだという安心がなくなると元に戻る、というような感じだとすばらしいと思いました。
 ところでまだちょっとポメラのタイピングに慣れない。
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